牛をつないだ椿の木 新美南吉 697/AUG.20

中をのぞくと、新しい井戸に、新しい清水がゆたかに湧いていました。ちょうど、そのように、海蔵さのの心の中にも、よろこびが湧いていました。

 海蔵さんは、汲んでうまそうにのみました。

『わしはもう、思いのこすことはないがや。こんな小さな仕事だが、人のためになることを残すことができたからのオ』

と、海蔵さんは誰でも、とっつかまえていいたい気持ちでした。しかし、そんなことはいわないで、ただにこにこしながら、町の方へ坂をのぼって行きました。

 日本とロシヤが、海の向こうでたたかいをはじめていました。海蔵さんは海をわたって、そのたたかいの中にはいって行くのでありました。

 ついに海蔵さんは、帰って来ませんでした。勇ましく日露戦争の花と散ったのです。しかいs、海蔵さんのしのこした仕事は、いまでも生きています。椿の木かげに清水はいまもこんこんと涌き、道につかれた人々は、のどをうるおして元気をとりもどし、また道をすすんで行くのであります。

あ ら す じ

人力車夫の海蔵と牛ひきの利助はのどの渇きを覚え、道を外れて山中の湧き水へと向かう。2人が水を飲んでいる間に道端の椿の木につないでいた利助の牛が、椿の葉を食べ尽くしてしまった。地主は利助をこっぴどく叱りつける。そんな利助の姿を見て、海蔵は2年もの歳月を費やし井戸を作った。やがて海蔵は日露戦争に招集され、復員することはなかった。

音 読 を た の し も う

海蔵さんのような人が現実の世にもたくさんいたから今のわたしたちがあるということを再確認したいものですね。

『思い残すことはないがや』という方言は味があります。人生に悔いなしの気持ちで声に出して読んでみたいですね。